【精神科医監修】「うつ病は嘘」と疑われる部下への対処法|見抜くリスクと正しい事実確認
【精神科医監修】「うつ病は嘘」と疑われる部下への対処法|見抜くリスクと正しい事実確認

【精神科医監修】「うつ病は嘘」と疑われる部下への対処法|見抜くリスクと正しい事実確認

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この記事の監修者
尾内 隆志 (おない たかし) Takashi Onai, M.D.
  • 資格:公益社団法人 日本精神神経学会 精神科専門医
  • 所属・役職:医療法人社団青雲会 北野台病院 理事長
  • 専門分野:臨床精神科医学一般、EDに伴う心理的側面
  • 医籍登録:医師免許取得:平成12年5月(医籍登録番号:409881)
学歴・職歴(要点を表示)
【学歴】
郁文館高等学校(平成3年4月〜平成6年3月)
聖マリアンナ医科大学 医学部医学科(平成6年4月〜平成12年3月)

【職歴】
東京大学医学部附属病院 精神神経科(平成12年4月〜平成13年5月)
針生ヶ丘病院 精神科(平成13年6月〜平成15年5月)
初石病院 精神科(平成15年6月〜平成17年5月)
手賀沼病院 精神科(平成17年6月〜平成18年12月)

理事長/院長よりご挨拶:
昭和32年の開院以来、地域の皆様に支えられ半世紀をこえる歴史を重ねてまいりました。社会や生活スタイルの変化に伴い精神医療も大きく変化しています。私たちは優しく開かれた医療をめざし、地域に根ざした活動を推進し、患者様・ご家族に安心いただけるホスピタルづくりに尽力してまいります。

「部下が『うつ病』の診断書を出して休職に入ったが、SNSでは旅行や飲み会の様子がアップされている」

「会社には来られないのに、なぜ遊ぶ元気はあるのか」

「これは新型うつ、あるいは仮病(詐病)ではないのか?」

管理職として現場を守るあなたにとって、このような状況は憤りを通り越して、組織運営上の深刻な危機と感じられることでしょう。

結論から申し上げます。

素人の判断で「うつ病の嘘」を見抜こうとしたり、感情的に本人を問い詰めたりするのは、法的に極めて危険であり、絶対に避けるべきです。

なぜなら、医学的に「遊びには行けるが仕事はできない」という症状は実在し、それを「嘘」と決めつけて攻撃することは、深刻なパワハラリスクや損害賠償請求を招く恐れがあるからです。

正解は「病気の真偽(嘘か本当か)」を追求することではなく、「療養専念義務違反」や「就労可能性」という客観的な事実確認に徹することです。

この記事では、精神科専門医である尾内隆志医師の監修のもと、以下の3点を中心に、管理職が取るべき正しい対応策を徹底解説します。

  • 精神科専門医が解説する「新型うつ」と「詐病」の見分け難易度と医学的背景
  • SNS監視や興信所はあり?法的に安全な「証拠」の集め方とプライバシーの境界線
  • 診断書を過信せず、産業医面談を活用して休職・復職を正しく見極める実務フロー

あなたの「納得できない」という感情を、組織を守るための「正当な手続き」へと昇華させるためのガイドブックとしてご活用ください。


目次

「うつ病は嘘だ」と感じる正体:従来型と非定型(新型)の違い

従来型うつ病と非定型うつ病(新型うつ)の症状の違いを図解。気分の変化(気分反応性)の有無を脳内の天気(雨と晴れ)のアイコンで比較

「うつ病で休んでいるはずの部下が、週末に友人とバーベキューに行っている写真をSNSで見つけた」

このような報告を受けた時、管理職であるあなたが「ふざけるな」と感じるのは人間として当然の反応です。

しかし、その怒りを直接部下にぶつける前に、まずはその違和感の正体を医学的な視点で冷静に分解してみましょう。

私たちが一般的にイメージする「うつ病」と、近年若年層を中心に増えている「非定型うつ病(いわゆる新型うつ)」には、症状の現れ方に決定的な違いがあります。

この違いを理解していないと、あなたの正義感に基づいた行動が、結果として会社を法的リスクに晒すことになりかねません。

ここでは、なぜ「遊ぶ元気はあるのに仕事はできない」という現象が起こるのか、そのメカニズムを解説します。

尾内医師 (精神科専門医) の解説

尾内 医師

多くの方が『うつ病なら一日中寝込んでいるはずだ』というイメージをお持ちですが、これは『メランコリー型』と呼ばれる従来タイプのうつ病の特徴です。
一方で、いわゆる『新型うつ』と呼ばれるものは、医学的にはDSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル)における『非定型うつ病(Atypical Depression)』の特徴と合致するケースが多く見られます。 最大の特徴は、楽しいことや好きなことに対しては一時的に気分が明るくなる『気分反応性』です。
これは『嫌なこと(仕事など)がある時だけ調子が悪い』という詐病と誤解されやすいのですが、医学的には脳の機能障害の一種です。
この事実を知らずに『元気そうじゃないか』と不用意に声をかけることは、治療関係を壊すだけでなく、病状を悪化させる原因にもなります

なぜ「旅行や飲み会」には行けるのか?

管理職の皆様が最も納得できないポイントである「趣味や遊びには参加できる」という現象について深掘りします。

従来型のうつ病では、何をしても楽しくない、何に対しても興味が湧かないという「興味・喜びの喪失」が顕著に現れます。

しかし、非定型うつ病の最大の特徴は、尾内医師も指摘した「気分反応性」にあります。

これは、自分にとって都合の良いことや楽しいイベントに対しては、一時的に気分が高揚し、活動的になれるという症状です。

例えば、朝、会社に行こうとすると激しい頭痛や腹痛、動悸に襲われて動けなくなる一方で、午後から友人に誘われたカフェには出かけられる、といったケースがこれに該当します。

側から見れば「都合の悪い時だけ病気のふりをしている」ようにしか見えませんが、本人の中では「仕事=生命の危機を感じるストレス源」として脳が認識し、防衛反応として身体症状が出ている可能性があります。

また、適応障害の場合も同様に、ストレス因(職場や特定の上司など)から離れている時は症状が落ち着く傾向があります。

したがって、「旅行に行ける=うつ病ではない(嘘である)」という図式は、医学的には必ずしも成立しないのです。

まずはこの「直感に反する事実」を、知識として受け入れることがスタートラインとなります。

精神科医でも「詐病(仮病)」を見抜くのは困難である理由

では、本当に病気なのか、それとも単なるサボり(詐病)なのかを、プロである精神科医は見抜けないのでしょうか?

結論から言えば、短時間の診察だけで「これは100%詐病である」と断定することは、専門医であっても極めて困難です。

なぜなら、うつ病や適応障害の診断は、血液検査やMRI画像のように数値や映像ではっきりと異常が出るものではないからです。

精神科の診断は、基本的に「問診」が中心となります。

患者さん本人が「夜眠れない」「食欲がない」「死にたい気持ちになる」と訴え、その症状が診断基準(DSM-5など)に当てはまれば、医師は診断を下さざるを得ません。

もし患者さんが、診断基準を事前に熟読し、完璧にうつ病の症状を演技(シミュレーション)していたとしたら、それを見抜く絶対的な検査方法は存在しないのが現状です。

尾内医師 (精神科専門医) の現場視点

尾内 医師

私たち医師は、患者さんの苦痛を取り除くことを第一の使命としています。
ですから、基本的には『患者さんの訴えは真実である』という性善説の立場から診療をスタートします。
最初から『こいつは嘘をついているんじゃないか?』と疑ってかかることは、治療的な信頼関係(ラポール)を築く上でマイナスにしかならないからです。
もちろん、長期間の診察の中で、発言の矛盾や薬の飲み忘れ、表情の変化などから違和感を覚えることはあります。
しかし、それを『あなたは詐病ですね』と面と向かって指摘することは、治療構造上、非常に慎重にならざるを得ません

職場が感じる「甘え」と、医学的な「病状」の境界線

職場が感じる「甘え」と、医学的な「病状」の間には、埋めがたい溝があります。

以下の表は、従来型のうつ病と、非定型うつ病(新型うつ)、そして単なる怠慢(詐病疑い)の特徴を比較したものです。

部下の行動がどこに当てはまるかを冷静に観察するための参考にしてください。

▼ 従来型・非定型・詐病疑いの特徴比較表

スクロールできます
特徴従来型うつ病(メランコリー型)非定型うつ病(新型うつなど)詐病(仮病)の疑いが強いケース
気分の変化常に憂鬱で、良いことがあっても晴れない良いことがあると気分が明るくなる(気分反応性)嫌なことの時だけ不調を訴え、後はケロリとしている
食欲・睡眠食欲不振、体重減少、不眠(早朝覚醒)過食、体重増加、過眠(いくらでも寝られる)食欲旺盛、睡眠も十分とれている様子
身体の感覚鉛のように体が重い手足が重くなる感覚がある具体的な身体症状の訴えが乏しい、または大袈裟
他者への態度自分を責める(自責)、申し訳なさ他人を責める(他責)、攻撃的になることがある権利主張が激しい、自分を正当化する
配慮周囲に迷惑をかけていると悩む自分が被害者だと主張する会社や上司への不満を公然と口にする
SNS利用更新が止まる、見るのも辛い頻繁に更新、楽しげな投稿も見られる活発に更新、遊びの予定を隠さない

この表を見ても分かる通り、非定型うつ病と詐病の境界線は非常に曖昧です。

特に「他責的傾向」や「気分のムラ」は、管理職から見れば単なる「わがまま」や「性格の問題」に見えるでしょう。

しかし、それが脳の機能不全による症状である以上、会社としては「病者」として扱う義務(安全配慮義務)が発生します。

ここで重要なのは、「病気か性格か」の白黒を管理職がつけようとしないことです。

その判断は医師の領域であり、素人が踏み込むと火傷をします。

管理職の役割は、「病気であるという前提」に立ちつつ、会社として許容できる行動とできない行動の線引き(服務規律)を明確にすることに尽きます。


素人の「犯人探し」は絶対NG!見抜こうとすることの法的リスク

素人がうつ病の嘘を見抜こうとする「犯人探し」の法的リスクを示すイラスト。パワハラ認定や損害賠償を警告するストップマークと法槌

部下の嘘を暴きたいという衝動に駆られた時、多くの管理職が犯してしまう間違いがあります。

それは、探偵のような真似事をして証拠を集め、本人を会議室に呼び出して「お前、本当は病気じゃないだろう!」と詰め寄ることです。

はっきり申し上げますが、これは自殺行為です。

あなたの意図がどれほど正当なものであったとしても、日本の労働法制において、素人の判断で診断書の効力を否定することは極めてリスクが高い行為だからです。

このセクションでは、なぜ「見抜こうとする行為」自体が危険なのか、その法的メカニズムを解説します。

「嘘つき」と決めつけて問い詰めた際のパワハラ・損害賠償リスク

もしあなたが部下を呼び出し、「SNS見たぞ。旅行に行けるなら会社に来い」「診断書は偽造じゃないのか」と問い詰めたとしましょう。

この発言は、高い確率で「パワーハラスメント」に認定されます。

厚生労働省の定義するパワハラの6類型には「精神的な攻撃」や「個の侵害」が含まれます。

医師の診断書という「医学的根拠」がある状態で、医学的知識のない上司がそれを否定し、出勤を強要したり、人格を否定するような発言を行ったりすることは、不法行為となる可能性が高いのです。

最悪のシナリオは以下の通りです。
  1. 上司が部下を問い詰める。
  2. 部下の病状が悪化した(と主張される)。
  3. 部下が弁護士を立てて「パワハラによる精神疾患の悪化」を理由に慰謝料請求および労災申請を行う。
  4. 会社は安全配慮義務違反を問われ、多額の和解金を支払うことになる。
  5. 上司であるあなたは、会社に損害を与えたとして懲戒処分の対象となる。

部下が本当に嘘をついていたかどうかに関わらず、「問い詰め方」が不適切であれば、会社側が負けるのが今の司法判断の傾向です。

「正論」が必ずしも「勝てる論理」ではないことを、肝に銘じておく必要があります。

診断書は絶対か?医師が「患者の嘘」を見抜けない構造的理由

「でも、診断書があるからといって、何でも許されるのはおかしい」

そう思われる気持ちはよく分かります。

しかし、診断書という書類がどのように作成されるのか、その裏側を知れば、診断書が決して「絶対的な真実の証明書」ではないことも理解できるはずです。

多くの精神科クリニックでは、数分から十数分の診療時間で診断を下さなければなりません。

その限られた時間の中で、医師は患者の「主観的な訴え」を頼りに診断書を作成します。

患者が「会社に行くと死にたくなる」「眠れない」と言えば、医師はそれを否定する材料を持っていません。

そして何より、医師には「応招義務(診療を拒んではならない)」と「診断書交付義務」があります。

患者から求められれば、正当な事由がない限り診断書の発行を拒否することはできません。

尾内医師 (精神科専門医) のアドバイス

尾内 医師

私たち医師は、警察官でも裁判官でもありません。
目の前の患者さんが『辛い』と言えば、その辛さを軽減するために休養を指示し、診断書を書くのが基本的なスタンスです。
時には、『とりあえず1ヶ月休んで様子を見ましょうか』という、診断的治療の意味合いで診断書を出すこともあります。
ですから、企業の皆様には『診断書=絶対的な免罪符』ではなく、『現時点での医師の意見書』程度に捉えていただき、内容に疑問があれば、産業医を通じて照会をかけるなどの正規ルートを活用していただきたいのです

会社が戦うべき場所は「病気の真偽」ではなく「就労可能性」

ここまでの話を聞いて、「じゃあ、会社は嘘をつく社員に対して泣き寝入りするしかないのか」と絶望されたかもしれません。

ご安心ください。決してそうではありません。

重要なのは、戦う土俵を変えることです。

「本当にうつ病なのか?」という「医学論争」の土俵で戦おうとすれば、医師免許を持たない会社側は必ず負けます。

しかし、「給与をもらって働くレベルにあるか?」という「労務論争」の土俵であれば、会社側には強力な権限があります。

労働契約とは、「労働を提供し、その対価として賃金を得る」契約です。

たとえ診断書があったとしても、あるいは病気が本当だったとしても、会社が求める業務を遂行できないのであれば、それは「債務不履行」の状態です。

会社が確認すべきは、「病気かどうか」ではなく、「会社が求める労働力を提供できる状態にあるか」、そして休職中であれば「療養に専念して早期復帰に努めているか(療養専念義務)」の2点です。

この視点の転換こそが、問題解決の突破口となります。

次章からは、この「労務論争」の土俵で勝つために、具体的にどのような証拠を集め、どう対応すべきかを解説します。


「嘘」ではなく「事実」を集める:安全なモニタリングと証拠保全

「嘘」ではなく「事実」を集めるためのモニタリングと証拠保全のフロー図。SNS確認から行動記録の作成までをプライバシーに配慮して行うイメージ

感情的な「犯人探し」はリスクが高いですが、淡々とした「事実確認(モニタリング)」は、管理職としての正当な業務です。

部下が主張する「働けない状態」と、実際の行動に矛盾がないか。

これを客観的なデータとして積み上げていくことが、後の産業医面談や、万が一の法的紛争において決定的な意味を持ちます。

ここでは、プライバシーを侵害せず、かつ法的に有効な証拠を集めるための具体的な手法を解説します。

SNS調査は証拠になる?プライバシー侵害にならない境界線

最近では、Twitter(X)やInstagram、FacebookなどのSNS投稿がきっかけで、休職中の不正行動が発覚するケースが増えています。

では、SNSの投稿は「証拠」として認められるのでしょうか?

結論から言えば、「公開されている投稿」であれば、証拠として採用される可能性が高いです。

インターネット上で誰でも閲覧できる状態にしている情報を会社が見ることは、プライバシーの侵害には当たりません。

しかし、以下の点には注意が必要です。

  • 鍵付きアカウント(非公開アカウント)への不正アプローチ: 偽のアカウントを作ってフォロー申請する「なりすまし(Spoofing)」や、他人のIDを無断使用して閲覧する行為は、単なるプライバシー侵害にとどまらず、「不正アクセス禁止法違反」や「ストーカー規制法違反」などの刑事罰に問われるリスクがあります。企業コンプライアンスの観点から絶対に行わないでください。
  • 「過去の投稿」との区別:
    「旅行の写真をアップした」と言っても、それが「過去に行った旅行の思い出」を投稿しただけである可能性もあります。投稿日時と撮影日時が一致しているか、慎重な確認が必要です。

SNSのスクリーンショットを保存する際は、以下の情報を必ず含めるようにしてください。

  • 投稿日時
  • 投稿内容(写真だけでなく、文章も含む)
  • アカウント名とID
  • URL(Webブラウザで閲覧した場合)

これらは「決定的な証拠」にはなり得ないこともありますが(医師が「リハビリの一環として外出を勧めた」と言えば正当化されるため)、「療養に専念していない疑いがある」という資料としては十分に機能します。

「療養専念義務違反」を問うための行動記録(タイムライン)の作り方

単発のSNS投稿よりも強力な武器となるのが、時系列に沿った「行動記録(タイムライン)」です。

休職中の社員には、給与(または傷病手当金)を受け取りながら治療に専念し、一日も早い復職を目指す「療養専念義務」があります。

もし、連日のように深夜まで飲み歩いていたり、長期の海外旅行に行っていたり、あるいは副業をしていたりすれば、それは明らかにこの義務に違反しています。

管理職のあなたは、以下のような情報を時系列で整理したレポートを作成しましょう。

  • X月X日: 診断書提出。「自宅療養が必要」との診断。
  • X月Y日: 部下のInstagramに「〇〇フェス最高!」という投稿あり(写真添付)。
  • X月Z日: 同僚Aより「〇〇駅前の居酒屋で部下が飲んでいるのを見た」との報告あり。
  • X月W日: 産業医面談の呼び出しに対し、「体調不良で外出できない」と回答あり。

このように、「外出できないはずの日時に外出している」「体調不良を理由に面談を断った直後に遊んでいる」といった「言動の矛盾」を可視化することが重要です。

この記録があれば、産業医も「これはおかしいですね」と判断しやすくなり、会社として次のアクション(懲戒や休職打ち切り)を検討する根拠となります。

同僚からの目撃情報(タレコミ)をどう扱うべきか

「休んでいる〇〇さんが、元気そうにデパートで買い物をしているのを見ました」

同僚からのこうした報告(タレコミ)は、貴重な情報源です。

しかし、これをそのまま鵜呑みにするのは危険です。見間違いの可能性もありますし、同僚の個人的な恨みが混じっている可能性も否定できません。

タレコミがあった場合は、以下の手順で慎重に事実確認を行いましょう。

  1. 報告者へのヒアリング:
    「いつ」「どこで」「誰と」「何をしていたか」「どんな様子だったか(元気そうだったか、辛そうだったか)」を具体的に聞き取ります。
  2. 客観的証拠の有無:
    もし写真などがあれば提供してもらいます。ただし、隠し撮りなどを強要してはいけません。
  3. 記録化:
    ヒアリング内容を「聴取書」として記録し、報告者の署名をもらっておくのが理想的です。

ケーススタディ:感情的なSNS追及の失敗 vs 事実による解決

ここで、典型的な失敗パターンと、推奨される成功パターンの違いを見てみましょう。

感情に任せた対応がいかにリスクを高め、冷静な事実確認がいかに効果的であるかが分かります。

【失敗ケース:感情的な追及】 

ある管理職は、休職中の部下が「海外旅行なう」と投稿したのを見て激昂し、チャットで「旅行に行く元気があるなら明日から出社しろ!」と送ってしまいました。 

すると翌日、部下から「医師から転地療法(環境を変えて療養すること)を勧められた。

上司の無理解な発言で病状が悪化した」と反論され、ハラスメントとして人事部に通報されてしまいました。

【成功ケース:事実に基づく事務的な対応】 

一方、別の管理職は、同様の投稿を見ても感情を排しました。「〇月〇日のSNS投稿を確認しました。

主治医の指導に基づくものでしょうか? 復職に向けたリハビリ状況を確認したいので、産業医面談を設定します」と淡々と事務連絡を送りました。 

結果、部下は言い逃れができなくなり、産業医面談でも回復状況と行動の矛盾を指摘され、最終的には自ら退職を選びました。

感情をぶつけるよりも、逃げ場のない事実を突きつける方が、はるかに効果的かつ安全なのです。

以下に、どのような情報が証拠として有効かをまとめました。

【チェックリスト】うつ病の嘘を疑う際の証拠能力の有無。公開SNS、鍵垢、同僚の証言、探偵報告書などの有効性を一覧化

産業医面談という「切り札」:診断書を再評価させるプロセス

集めた証拠は、机の引き出しにしまっておいても意味がありません。

これらを最も効果的に使う場所、それが「産業医面談」です。

主治医は「患者の味方」ですが、産業医は「会社と社員の中立的な立場」で判断を下す役割を持っています。

産業医を味方につけ、医学的な見地から「この休職は妥当か」「復職は可能か」を再評価してもらうことこそが、問題解決への王道ルートです。

主治医の診断書 vs 産業医の判定意見

まず理解しておきたいのは、主治医と産業医の役割の違いです。

  • 主治医: 患者の病気を治すことが目的。患者の訴えを重視し、安静を指示する。
  • 産業医: 社員が「働けるかどうか」を判断することが目的。会社の業務内容や環境を理解している。

実は、企業における休職・復職の決定権は、最終的には会社にあります。

 そして会社が判断する際の最も重要な拠り所となるのが、産業医の意見です。

 実際に、「NHK名古屋放送局事件(名古屋高判平成30年6月26日)」などの重要判例においても、主治医が「復職可能」としていたにも関わらず、職場の実態を熟知した産業医の「復職不可(時期尚早)」という判断が司法によって支持されています。

しかし、産業医も神様ではありません。

普段の部下の様子や、SNSでの豪遊ぶりを知らなければ、主治医と同じように「診断書通り休ませてください」と言うしかありません。

ここで、あなたが集めた「事実記録」が火を噴きます。

尾内医師 (精神科専門医) のアドバイス

尾内 医師

産業医面談を実施する際、人事や上司の方から事前に情報提供をいただくことは非常に重要です。
『本人はうつ病と言っていますが、実は連日飲み歩いているようです』という情報が事前にあれば、産業医もその視点で面談を行うことができます。
『今の生活リズムはどうですか?』『外出はできていますか?』といった質問から、本人の矛盾を引き出し、『療養に専念できていないなら、懲戒の対象になり得ますよ』と医学的な立場から指導することも可能です。
産業医を単なる『ハンコ押し係』にせず、貴重な情報源として活用してください

復職判定(リワーク)で見極める「本当に働けるか」の試金石

「そろそろ復職できそうです」と診断書が出てきた時も、警戒が必要です。

「新型うつ」の傾向がある場合、復職した途端に「やっぱり無理です」と再休職を繰り返すケースが後を絶たないからです。

これを防ぐために有効なのが、「リワークプログラム(復職支援プログラム)」の活用や、「試し出社(リハビリ出勤)」の制度です。

リワークプログラムでは、模擬オフィスのような環境で、決まった時間に通勤し、軽作業やグループワークを行います。

ここで以下のようなポイントをチェックします。

  • 毎日決まった時間に遅刻せず通えるか?
  • 単純作業に集中できるか?
  • 他人と適切なコミュニケーションが取れるか?

もし「遊びには行けるが、リワークには行けない(朝起きられない)」という状態であれば、それは「就労可能な状態まで回復していない」という客観的な証明になります。

主治医が「復職可能」と言っても、リワークの実績が伴わなければ、会社は「時期尚早」として復職を拒否する正当な理由を得ることができます。

詐病(シミュレーション)が疑われる場合のセカンドオピニオン受診命令

あまりにも言動がおかしく、主治医の診断が信用できない場合、会社として「別の医師の診察を受けてきてください」と命令することはできるのでしょうか?

就業規則に「セカンドオピニオン受診命令(指定医受診命令)」の条項があれば、業務命令として指示することが可能です。

多くのまともな企業の就業規則には、「病状の確認のため、会社が指定する医師の受診を命じることができる」といった規定が入っています。

もし部下がこれを正当な理由なく拒否した場合、それは「業務命令違反」となり、懲戒処分の対象となり得ます。

ただし、これを実行するには、前述したような「客観的な疑わしい事実」が積み上がっていることが前提です。

何のエビデンスもないのに「お前の主治医は信用できないから別の病院に行け」と言うのは、プライバシー侵害や不当な支配介入とみなされる恐れがあるので注意してください。


最終手段としての懲戒・解雇:法的要件をクリアするために

事実確認を行い、産業医とも連携し、それでも状況が改善しない場合。

あるいは、明らかな不正(虚偽報告による病気休暇取得など)が発覚した場合。

いよいよ「懲戒」や「解雇」という選択肢が視野に入ってきます。

しかし、うつ病(の疑いがある)社員を解雇するのは、日本の労働法上、最も難易度の高いミッションの一つです。

ここでは、法的リスクを最小限に抑えながら、組織の健全性を守るための出口戦略を解説します。

「うつ病の嘘」を理由に解雇するのは至難の業

まず、「うつ病が嘘だった」という理由で解雇するのは、極めて困難であることを覚悟してください。

なぜなら、前述の通り「嘘(詐病)」を医学的に100%証明することは不可能に近いからです。

裁判になれば、「当時は本当に調子が悪かった」「医師も診断書を出していた」と主張されれば、会社側が「それは嘘だった」と立証するのは至難の業です。

もし「詐称」を理由に解雇し、後で裁判で負ければ、バックペイ(解雇期間中の賃金全額払い)と慰謝料を支払った上で、その社員を職場に戻さなければなりません。

これは会社にとって最悪の結末です。

「欠勤」や「業務命令違反」の積み重ねで対応するロジック

では、どうすれば良いのでしょうか。

有効なのは、「病気の嘘」ではなく、「行動の事実」を積み重ねて処分を行うことです。

具体的には以下のようなロジックです。

  1. 療養専念義務違反:
    「病気休職中に長期旅行に行っていた」という事実は、会社の規律を乱す行為であり、就業規則違反(懲戒事由)に該当する。
  2. 報告義務違反・虚偽報告:
    「自宅で静養している」と報告しながら遊興していたことは、会社への背信行為であり、信頼関係を破壊するものである。
  3. 就労不能による自然退職:
    (これが最も安全なルートです)
    懲戒解雇にするのではなく、「休職期間(例えば1年6ヶ月)が満了しても復職できなかった」として、自動的に退職扱いにする方法です。
    リワークプログラムに通えない、産業医が復職不可と判定している、という事実があれば、期間満了による退職は法的に有効となります。

ここでも、これまでに集めた「行動記録」や「産業医の意見書」が強力な証拠となります。

自然退職(休職期間満了)を待つという選択肢

感情的には「今すぐクビにしたい」と思うかもしれません。

しかし、リスクを冒して懲戒解雇に踏み切るよりも、就業規則に則って淡々と休職期間を消化させ、期間満了で自然退職(自動退職)させる方が、会社にとっても本人にとっても傷が浅い解決策になることが多いのです。

重要なのは、会社が「復職のための配慮(リワークの提案など)」を尽くしたという実績を作ることです。

手を尽くした上で、それでも本人が回復しない(あるいは治そうとしない)のであれば、会社は堂々と「契約終了」を告げることができます。

尾内医師 (精神科専門医) の見解

尾内 医師

精神科医療の現場でも、残念ながら『疾病利得(病気であることで得られるメリット)』に固執し、治ろうとしない患者さんは一定数いらっしゃいます。
そのような場合、無限に支援を続けることは、ご本人にとっても『社会復帰の機会』を奪うことになりかねません。
医療には医療の限界があり、企業には企業の限界があります。
『治療構造に乗れない(約束を守れない、通院しない)』という状況が続くのであれば、会社としての契約に基づき、然るべき判断を下すことは、冷たいことではなく、むしろお互いの人生にとって必要な区切りであると考えます


管理職が知っておくべき「うつ病の嘘」に関するFAQ

最後に、現場の管理職の方々からよく寄せられる、実務上の細かい疑問について、Q&A形式で回答します。

診断書を偽造している可能性はありませんか?確認方法は?

可能性はゼロではありません。原本確認と病院照会が有効です。

最近は画像編集ソフトで簡単に書類を偽造できてしまいます。

まず、必ず「診断書の原本」を提出させてください。コピーやPDFのみでは改ざんのリスクがあります。

また、明らかにフォントがおかしい、医師の印鑑がないなど不審な点があれば、本人の同意を得て病院に「発行の事実」を問い合わせることも可能です(内容は聞けませんが、発行したかどうかは事務的に回答してくれる病院もあります)。

本人に無断で主治医にコンタクトを取ってもいいですか?

絶対にNGです。個人情報保護法違反になります。

本人の同意なく、会社が勝手に主治医に連絡を取り、病状を聞き出すことは法律違反です。

主治医と話をしたい場合は、必ず本人から「同意書」を取り付けてください。

もし同意を拒否された場合は、「産業医を通じて情報提供を求める」という形をとるのが一般的です。

「転院したくない」と産業医面談や指定医受診を拒否されたら?

正当な理由のない拒否は、業務命令違反に問えます。

就業規則に根拠規定があれば、会社は受診を命じることができます。

「今の先生が合っているから」というのは、会社の「労務提供可否の確認」という目的においては正当な拒否理由になりません。

「受診命令に従わない場合は、復職を認めない(=給与が発生しない)」という通告を行うことで、実質的に受診を促すことが可能です。


まとめ:感情を捨て、事実と手続きで「組織」を守ろう

部下の「うつ病の嘘」疑惑に直面した時、管理職が抱えるストレスは計り知れません。

「真面目に働いている他のメンバーが馬鹿を見るじゃないか」

その義憤は、リーダーとして正しいものです。

しかし、その感情のままに動けば、あなたは「パワハラ上司」の汚名を着せられ、組織を守るどころか、あなた自身が傷つくことになります。

今回の記事の要点を振り返りましょう。
  1. 見抜こうとしない: 「病気か嘘か」の判定は専門医でも困難。そこは捨てて、「労務提供が可能か」に焦点を絞る。
  2. 事実を集める: 感情的な言葉ではなく、SNSの日時、行動履歴、面談記録など、誰も否定できない「客観的事実」を積み上げる。
  3. 専門家を使う: 産業医や弁護士、人事部を巻き込み、独断で動かない。組織として対応する。

最後に、尾内医師からのメッセージをお伝えします。

尾内医師 (精神科専門医) からのエール

尾内 医師

管理職の皆様自身が、部下の対応に悩みすぎてメンタル不調に陥ってしまうケースを数多く見てきました。
どうか、一人で抱え込まないでください。
『うつ病の疑い』というカードを切られた時点で、それはもう個人の人間関係の問題ではなく、医学と法務の問題です。
あなたの役割は、部下の心を読み取ることではなく、組織のルールを淡々と運用することです。
感情を一旦脇に置き、事務的に、粛々と対応プロセスを進めてください。それが結果として、あなた自身と、真面目に働く他の社員を守ることにつながります

もし今、対応に迷い、夜も眠れないほどの不安を感じているのであれば、まずは会社の産業医、あるいは社外の弁護士や専門のコンサルタントに相談してください。

以下のチェックリストを活用し、冷静な一歩を踏み出しましょう。

▼ 不審な部下への対応・完全チェックリスト

フェーズチェック項目
初動□ 感情的に本人を問い詰めていないか?
□ 診断書の原本を受け取り、内容を確認したか?
□ 人事部や上司に第一報を入れ、対応方針を相談したか?
調査□ 公開されているSNS等の情報を保全(スクショ)したか?
□ 同僚からの報告をヒアリングし、記録に残したか?
□ 本人の行動記録(時系列)を作成したか?
対応□ 産業医に事前の情報提供を行ったか?
□ 定期的な連絡を取り、状況報告を求めているか?
□ 就業規則の「休職」「復職」「懲戒」の条文を確認したか?
出口□ 復職時の「リワーク」や「試し出社」の条件を提示したか?
□ 復職不可の場合の自然退職(期間満了)の日付を把握しているか?

参考文献

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